「おっラビ、知らないか?」 フランスの方へ任務に向かわせるからと言われ、資料を漁りに行くついでにを呼びに向かう道すがらラビと出会った。少し前なら療養室に向かえばすぐに発見できたのだが、医療班から解任されたとつい先日聞かされたばかりではこうして教団内を探し回るほか無い。虱潰しよりは探し人の行動を把握していそうな人物に尋ねたほうが要領は良いに決まっていた。 「さっきは森で走ってたさー」 「…最近やけに熱心だな」 ああそういえば体力が無いとか、随分前から嘆いていた気もするけど。 そんなにいきなり行動を始めても自分を壊すだけなんじゃないかと肩を竦めると、ラビも同じような行動をとった後に若干の寂しさを含めて苦笑いをした。 「目標できたら吹っ切れるタイプなんよ、あいつは」 *** 森と言っても広くて暗いのだが、どうするべきか。 数秒ほど悩むように腕を組んでいると、そんなに首を傾げる必要は無いでも言うようにして『ドシャッ』という妙な音が聞こえた。「?」眉を顰めてその方向に目線をやると、ぐったりと地面に倒れこんでいる白髪――、を見つける。そのすぐ傍らには太い根を遠慮なく地表に暴露する木があったものだから、俺は瞬時に彼女がそれに躓いて転んだところを想像してしまった。(すぐに想像できてしまうのが何ともいえない)。 くそう、とかなんとか呟きながら彼女が立ち上がったので、俺はそこを見計らって声を掛けることにする。 「!」 「…あれ?リーバーさん」 「室長が呼んでるぞ…っていうか、その呼び方やめにしないか?」 「えー、だって、…私もう班長じゃないんですよ」 「ああいや、お前がラクならそっちでいいんだけどな」 弾んだ息を整えながら布で汗を拭くにそう言うと、彼女はすこし間を置いてからこちらへ歩いてくる。俺の隣を通り過ぎると、あれ、と言った風に振り向いてから「行きましょーよ」と首を傾げた。「ああ」、と同じように歩き出すと、額から零れる汗を抑えながら黙々と歩を進める頭二つ分ほど小さい彼女を見つめる。 たしかに教団に来た当初はこんな感じで接されていた気もするが、いかんせんあの馴れ馴れしいというか、…なつっこい方面の接し方になれてしまった俺から見るとやっぱり今のは少しだけ別人のように感じてしまう。さみしいというか、まあ記憶が戻ったのは本当にいいことなんだと思うんだけど、なんかな。 その小さな頭を思ったより不躾に見つめてしまっていたのか、汗の引いたらしいに居心地の悪そうな顔で見上げられてしまった。 「なんですか」 「あー…悪い、少し考え事してて」 苦笑いで返すと、今度はが俺のほうをじっと見る番だった。そしておもむろにふうと溜息を吐くと、小さな肩をおどけるように竦ませる。 「? どうした」 「いやぁオレもね、ほんとはこっちの方が楽なんだよ」 ふ、と口元を緩めてからけらけらと笑い出したにようやっと親しみがこみ上げてきて、俺も思わず吹き出してしまう。 「なんだ、そうなのか?」 「やっぱらしくないよな!」 「いや、あれはあれで良いけどなー、懐かしくて」 そこから司令室までの道のりでは、今までが班長だったときにはあまり話すことの無かった他愛の無い話ばかりをした。 科学班の中央付近にある螺旋階段まで方向音痴なを連れて行くと、階段を下り始めたものだと思っていた彼女は「リーバー」とこちらに一声かけてくる。 なんだ、とすっかり仕事に戻りかけていた俺は首だけ後ろに向けると、「さっきは混乱させてごめんな」と珍しく殊勝に謝ってくるに目が点になってしまった。たしかに混乱はしたが、違和感があっただけで気分を害したわけでもなかったから。 「尊敬する相手にはああしてみたかったんだ」 そこまで言ってにこりと笑うと、彼女はカンカンと靴音を響かせて今度こそ螺旋階段を下り始める。 最近のはこんな風に、前と比べるとすこしだけ精神的に余裕が出てきている感じがして、兄のように手を焼かされたこともあった俺としてはやはり寂しいところもあるのだ。 「…そ、尊敬…?」 まあ、不思議と悪い気はしないんだけど。 …ほんとに。 *** 司令室で今回呼ばれた理由の全貌を聞いたオレは、列車よりも早いという理由で小さな王を発動させ、ベルギーのとある教会までやってきていた。 翼で空を切っているうちに何度か脳内で反芻させた指令は、イエーガー元帥が身体的にも精神的にも極めて危険な状況にあるから診に行ってほしい、というもの。 当初の予定では、オレはフランスに別件で向かわされる予定だったのだが、突然入ってきた 「(…精神、)」 ――そっちはレグルスでも、どうしようもどころか、如何したくてもできないんですけど。 『僕も目の前に立ってみなきゃどうしようも無いよ、さあ行こう!』 そんな微妙なニュアンスの違いでオレを納得させたコムイは、そろそろ列車に乗り込んだだろう。 オレと一緒にベルギーへ行くつもりらしかったが、ワガママを言って列車ではなくイノセンスで飛んできたのは(オレの身体とかを心配してくれたらしいコムイには悪いけど)正解だったように思う。 神田の血を貰ってきた、というのもあるけれど本当に身体が軽いし、今まであんなに感じていたイノセンスの負担も少ないから。 「(シンクロ率92%、っていうのは本当だな)」 そう実感できたのが嬉しかった。こんな時に不謹慎だとは思うけど、 「(オレ、強くなってる)」 *** 「(…あれ、治らない?)」 右手で傷を覆って何度もイノセンスを発動させてはみるが、水色の光は掌から零れるばかりでイエーガー元帥の身体に吸収されることは無い。疑問に眉を顰めて繰り返したものの、オレの気だるさが増えるばかりで外傷が改善する気配は一向に見られなかった。 この傷を治す原理というのは、イノセンスを媒介にして吸血鬼の余った生命エネルギーを他者に受け渡す、という至極シンプルなものだ。つまり、いくらこうしてオレがエネルギーを送り続けても、元帥の身体が受け取ることを拒否しているのならこの行為は全く意味の無い悪あがき、ということになる。 「…困ったな」 拒否されるなんて、初めてだ。 苦い顔で元帥に視線を送ると、彼は先ほどからと同じように歌を歌い続けている。目は虚ろで、そこから生気はかけらも感じとれなかった。 神経を病んでしまったのか?彼は、悪い夢でも見ているのか? 「ノア…」 ぽつりとそう呟くと、扉の近くに佇んでいた神父が心配そうにこちらを見ていることに気が付いた。彼もオレが顔を上げたことに気が付くと、気を遣うように細い声で報告をしてくれる。 「近くで活動していた探索班の方が、もう到着するそうです」 「…そうですか、ありがとうございます」 コムイはまだ少し時間がかかるんだろうと目を伏せてから、元帥のほうへ身体を戻す。 もしかしたらそのうち、回復の兆しも見えるかもしれない。 とにかくそれだけ考えて、イノセンスの発動を再開させた。相変わらず光は空気に紛れるように飛散するばかりだったが、それでもオレは諦めたくなかった。どうせ死ぬなら、少しでもいいから幸せの中で逝ってほしい。これはただのオレのエゴだけど、それでもこんな辛い目に合いながら死なれるのは昔の自分を見ているようで居た堪れないから。 「生きてください、元帥」 死なないで欲しい。あんなに暗くて怖い場所に、落ちていかないで欲しい。 「あなたの帰りを待ってる人は、たくさん居るんだっ」 ――それでも結果として、客観的な時計の針は一秒一秒と元帥の寿命を削っていくだけだったのだけど。 |