「機械ってさ、暴走すると壊すしか無いんだよな」 アレンが麻酔針の効果でぐっすりと眠りについたことを確認すると、俺はぽつりと内部の無機物に語りかけた。 暗闇に慣れてきた目に映るのは、1,2…、一体欠けたから、12体程のミニコムイだ。 扉が閉まる前と後では嘘のように静かになったそいつらは無言でチェーンソーのような切断具から大型の麻酔針のようなものまでをチャッと構える。 「暴走して責められるのは大抵作ったやつとか、プログラム組み込んだ奴でさ。」 壁に何やら黄色いボタンを見つけ、ぽちりとそれを押すとパッと手術台の照明が付く。 しかしこんなに大きなロボットをよく一人で作ったもんだあの室長は。 個人的な趣味の発明に対しても尊敬するところはあるが、それが大抵失敗に終わるのが惜しい。 「アクマも同じなんだよ。 人工知能と汚い欲の産物だろ?」 ノアとか伯爵には最初の骨組み段階から逆らえないようにと加工が施されている。 まあでもそれは昔からの物だから、比較的新参者のの家系に対するサポートは入っていないわけだ。 そこでその骨組みにバグが発生しない程度のプログラムを組み込み、アクマになったら人を殺させ、レベルが2に上がった頃 帰還命令を出す。 ――そこからが問題だ。 「機械に自我が埋まれると少し厄介。」 今まで散々可愛がってやった俺のことも、ただの人間だと認識するとあっという間に反抗の態度を見せる。(それだけなら良い、人工知能を逆手に取れば)。 「でも、」 よりよい兵器を作ろうとして、その兵器に殺されるなんて言うのはただの馬鹿だ。 米神から血が流れ落ちてきた。(さっき掠ったメスのせいだな)。 目に入る前にぎゅ、と拭い指先に付いた赤い血を見ると、思わず意識がくらりと揺らぐ。―――血は好きじゃないが、自分の血を見るのは死を見るのと同じくらいに辛い。 「殺人兵器でもないくせに血ィ見せやがって…」 ――自我が目覚めたレベル2に、昔殺されかけたことがある。 俺も抵抗するくらいには耐えうる刀を持っていたおかげで、外傷は上腕部を鋭い刃先で掠られたくらいで済んだが、…あのアクマからの狂喜に満ちた殺意はなかなか忘れられないもんだ。 その時までは別に、俺は自分の上腕部からの血を見ても辛いと思うことは無かった。問題はその後だ。 近接保護に置いていたレベル3にそのアクマを喰わせて、自体はなんとか収まったかと思ったのに、――主はそのことではなく、俺の上腕部の傷を見て世にも可笑しな非難をした。 『どうして? のことを傷つけていいのは僕だけでしょう?』 頭が痛い。その後の地獄を思わす折檻で、俺は自分の血の海に倒れた。 ( 血を見て非人道的な衝動が沸きあがるのは、その時のせいかな。 ) 「可哀想な話だけど――親を思うなら、」 はぁ、と一つ溜息を吐いて、部屋の一番奥の剥き出しの部品に触れた。 これでも昔はそれなりに優秀な科学者だったんだ、魔術で情報介入をできるくらいには。(久しぶりだし、時間はかかるかもな)。 「暴走した機械は、早いうちにスプラッタになるべきだろ」 *** 「…ん」 一定のリズムで微かに揺れている自分の体に気付き、何やらすっきりしない気分で目を開けた。 顔を起こすと、ボロボロに崩れている壁や天井の残骸などがあちらこちらに転がっている。 そしてそれらの景色は、オレが動いていないというのにゆっくりではあるがどんどんと遠ざかっていっていた。 「…起きたのか?」 「 神田」 景色が止まった。 俵担ぎのようにされているおかげで神田の顔は見えないが、どうにか声で判別する。 「オレなんで………あ、ああ、そうだ」 そういえばコムリンUとかいうのが暴走して、オレの身体引っ掴んで…。 …。 「まさかもうマッチョに!!!?」 「うるせえチビ」 「チッ…そっそうだあいつマッチョとかにできるならオレの身長も少しは いでっ」 微かばかり目を輝かせてそんなことを提案すると、そんなオレの暴走を止めるかのように神田が肩からオレを無遠慮に地面へ落とした。 なんとか受身を取って自分の身体をじっくりと観察すると、特にマッチョとかそういう問題点は見られない。 少し変化があるとすれば――身体の大きさが、この短期間では不自然な程度の成長を起こしていることだった。 広げた両手の平を観察し、ふぅと溜息を吐くと神田が仕様が無いといった風に小さく舌打ちをした。 「後で俺の所に来い」 「…………あらヤダ大胆☆」 「 ふざけてる場合か」 「いってェ!」 神田の軽い蹴りがオレの背中に襲い掛かる。 まあ、たしかにふざけてる場合でもないか。 立ち上がると、たしかに神田の顔がいつもより近い。 履いているシークレットブーツを差し引いたら少し前までのの全長と同じくらいかもしれないな。 この現象はオレにとって、ほとんど日常茶飯事なたびたびに起こることだった――そう、人間にはない吸血鬼特有の。 他人の生き血と吸血鬼の血を反応させて生前の姿である吸血鬼の常≠保っているオレ達は、人間の血の濃度が薄まってくると次第に生前を越えた、人間としての成長した姿を形成する。 つまり今のこの、身長が伸びた状態がそれだ。 その成長というのが厄介で、人間のように1年2年という間よりも早いスピードで進行していく。 そして成長の果てに実年齢の姿を超えれば、用意してあるストックの全てを乗り越えた代償にあっという間にオレは死を迎える。 「(でも多分周りに危惧されてるのはそっちより、)」 死にたくないという本能に基づく吸血鬼最後の足掻き、無差別大量殺人だろう。 契約者の人間――と神田、それにもう一人いる――とその他の人間とでは、明らかに身体の欲しがる血の量が異なる。 契約者の人間なら、これほど無く飢えていても最低1滴でオレは落ち着くが、それ以外では何人もの血が必要になる。 …だから、殺す。 ズズズ… 「!?」 突然の地響きのような振動に思考を停止させる。 天井からパラパラと落ちてくる破片を手で払いながら神田の方へ視線を向けると、やれやれと言ったような表情でその音源方向を見ていた。 「何だ…?」 「どうせまたアレが暴れてんだろ」 「アレ?」 「コムイの作った変な奴」 「コムリン!? なんっ…神田壊したんじゃ、」 「モヤシももいた。 なんとかなんだろ」 それもそうかもしれないけど。 オレがそこまで言うと、神田はくるりと背を向けて数歩歩き、何かに疑念を持つようにぴたりと止まり、こちらを振り返った。 「おい?」 吸血鬼の異常聴覚に、くんやアレンの声が見つからない。 オレの落ち着かない心情を汲み取ったのか、小さな王が発動を示し始める。 熾天使の羽衣が背中にともった頃、神田がオレのトラウマを抉るような発言をしだす。 「また食われるぞ」 「ウッ」 「次はもう助けてやらねェからな」 「――さっきのは本当にありがとう! …で、でもな!」 コムリンへの恐怖心を掻き消すように、自己暗示をかけるように叫んだ。 「オレは小さい頃約束したんだ!」「…ああ?」彼の顔に訝しげな色が映し出される。 熾天使の羽衣を辺りにふわふわと持て余させながら、オレはビシッと神田に指差す。 「…リナリーのこと守るって!」 *** 熾天使の羽衣で1秒足らずの間に辿りついた場所、――先程のオレにとっての恐怖空間。では、確かに未だ形のあるコムリンが一点に向かって走行を行っていた。 「手術シマス」 「マッチョは嫌だ―――!!!」 「さっきまで動かなかったのにー!」 おお。 声を上げて安心する。 なんとか間に合ったみたいだな、と加速をつけて羽衣を走らせる。 リナリーの身体を攫い上げて、ぐるんと身体を反転させるとものすごい勢いで突っ込んできたコムリンの駆動部を持て余していた2対の翼で押さえ込む。ビチチ、という妙な音が奴の足から響いてきた。 「よぉ 久しぶり」 「キャアアア―――!!!!」 「室長落ち着いてー!」 煙が昇っているせいか、あちらからはこちらの様子を可視できないらしい。 コムイの叫び声にあーあ、と苦笑いするとひとつの翼を駆動部から外し、性質を変えてべちゃっとコムリンのセンサー部分に貼り付けた。 見えなくても探し出されるだろうが、それでいい。リナリーを安全な場所に連れて行くまで混乱してくれれば。 「…ん」 腕に抱えたリナリーから、微かな身じろぎを受けると、彼女の目がぼんやりと開かれた。 「もう大丈夫だよ」 逆四角錘の上にとんと降りると、ゆっくりとリナリーを降ろ――そうとした筈が、ガッと思い切り彼女に両手で首を掴まれた。「ぐぇっ」カエルのような声を出していきなりのことに心臓がばくばくと鳴るのを感知する。 「くん!?」 「あい…」 「いつ帰って……、! この傷…?」 リナリーの綺麗な手がオレの頬にそっと触れた。 特に何も意識していなかったのだが、触れられた際にじわりとした痛みが走ったので もしかしたら先刻コムリンに突撃されたときに岩の破片でも掠ったのかもしれない。 「ああ、これは多分…「あいつね」 「 え」 「酷いわ私のくんに!!」 「い、いや …あの あのねリナリー、」 「! 室長リナリーが!! も!」 「…へ?」 きっとリナリーが貼りついた翼に困惑しているコムリンを睨んだ。 いや、これはね、二次災害というかね…? なんというべきか迷っていると、リナリーのイノセンスがあっという間に発動をした。 「リナリー!!!」 ――そしてコムイの歓喜の叫びと同時に、バッとほぼ頭上を飛んでいく。(…)(パ、パンツ見えるよ…!!)オレの妙な心配をよそに、彼女は砲台の先へ降り立った。 「エクソシストは手術ー!!」 「「「どえーーっっ!」」 コムリンが逆四角錘の砲台の先へ飛び掛ってくるのと同時に、リナリーはまた柵へと移動を始める。 砲台を掴まれたことで一気に重力がそちらへと移動して、オレを含めた班員全員が柵際へとずるずる滑っていった。 「おっ 落ちるーー!!!」 ほんとにな。 貼り付けていた翼をこちらへと取り戻すと、どうにか柵に捕まりオレは自身の身体を安定させる。 3対、6枚の翼で昇降機から零れ落ちる班員達をパシッと包む。 班員達は落下が中断したことに一瞬ホッとした表情を浮かべたが、熾天使の羽衣と遥か下に構える地面を見てあっという間に顔を青褪めさせる。 「ギャアアア 浮いてるーー!?」 「うっせー助けてやったんだから文句言うな!」 「リナリー捕獲…」 乗り出してぎゃあぎゃあと喚くこちらをよそに、コムリンはピピピピとまたもやセンサーでリナリーに照準を合わせる。 そのコムリンの声を合図に、リナリーはバッと柵を踏み切り奴へと突っ込んでいった。 「リナリー! この中にアレン達がいるんだ!」 ズバン! 先程までオレの翼が張り付いていたセンサーがリナリーの一蹴で壊れる。 リーバーが掴んでぶら下がっている物は、何やら白い布地だった。 「(…白衣?)」え、嘘。もしかしてくんまで捕まっちゃったの? あららと顔を引き攣らせていると、噂をすればなんとやら――というべきか、バゴンッと鈍い音が微かに聞こえる。 「うわあああ!!?」 「 なっ リーバー!?」 手術室の扉が開いたらしい。 リーバーが掴んでいた白衣と、何故かそれを巻きつけられていたアレンと二人仲良く地面真っ逆さまに落ちていく。 手術室から何かに掴まっているらしいくんがアレンに手を伸ばしたがギリギリ届かず、ぎゅうと目を瞑るのが見えた。 「 あれ ……?」 「ナイスキャッチ! ねえ、そう思わないオレすごくない?」 「…班長、」 科学班員を掬い上げて羽衣を一枚余らせると、すぐに彼らをがしりと掴む。ほっとした顔で正気を保っている2人がこちらを見ていた。 それと同時に、先程 宙に飛び上がったリナリーの加重と加速が備わった一撃がコムリンを一刀両断にした。 奴の半身がガコンと切り離されて落ちていく様子がはっきりと見える。 「いいぞリナリー!ぶっ壊せー!」 「カッコいいー!」 班員の歓声が満ちる中、右手の人差し指を自分の側に一振りしてリーバーとアレンをこちら側へと向かわせる。 リナリーが最後の一撃を決めようとイノセンスを構えると、コムイがいつの間に移動したのかコムリンの前に立ちはだかった。「待つんだリナリー!」 子供を擁護する親の姿だな、うん。 「コムリンは悪くない! 悪いのはコーヒーだよ!」 「ゲッ室長…いつの間にあんなトコへ」 「アンタ…」 リーバーが呆れたように呟くと、くんが手術室から不安定な足場を軽々と上がってくる。 「罪を憎んで人を憎まず」「コーヒーを憎んでコムリンを憎まずだ、リナリー!」諭すようにリナリーへと語りかけているが、彼女は一瞬何かを考えるように瞼を伏せ、「いいえ」とばっさり切り捨てた。 「私はくんを傷付けたこいつが憎いわ。」 「(目が怖い!)」 そうしている間に、早々と砲台の前に到着したくんはコムイに近づいて何かをぼそりと呟くと、上機嫌でリナリーの横を通過し、彼女の肩を促すようにポンと叩いた。「そっ…そんな酷いよくん!」コムイの顔から生気が消えていくのが見て取れる。「兄さん、」 「ちょっと反省してきて」 ドコ! リナリーが容赦なくコムリンのボディを蹴ると、すっかり絶望した様子のコムイはコムリンUと共に勢い良く下へ下へと落ちていった。 「なんでそんな機嫌良いのくん…」 恐る恐ると尋ねると、彼はリーバーとタッチを交わしたあと本当に上機嫌な笑顔でこちらを振り向いた。 「久しぶりに機械いじりしたら楽しくて楽しくて…コムリンのデータのコピー取って、」 「うん?」 「書き換えてきました。 室長には数秒後に跡形なくなりますよって言ったんだけど」 「それって…」 ボンッ ――柵のほうに駆け寄ると、盛大な音を立てて階下にきのこ雲が上がったのが見て取れる。 「なんだかな、もう…」 誰が呟いたかは知れないが、ああうん、本当に…と、オレは心底同意せざるを得なかった。 (とりあえず誰も死ななくて良かったとしか、) *** 「メビィ、メビィったらぁ」 「あ? …具合でも悪いのか?」 ノアと千年伯爵の会合が終了した頃、ロードの部屋の一室で5人のノア達がカードゲームに臨んだり話をしたりとそれぞれ己の時間を楽しんでいた。 室内にいるのはロード、ティキ、ジャスデロとデビット、そして今ロードに名前を呼ばれぼんやりと彼女のカードを見つめていた――女だろうか男だろうか、一見して判別のしがたいノアの名はメビウス・アーキィといった。 少しばかり俯きがちだった視線を上げると、彼の栗色の髪がサラリと揺れる。 瞳は空色で、―――そう、彼の姿かたちは、エクソシストの・とひどく酷似しているのだ。 「ああうん…考え事してただけ」 にこ、と微笑んでゆるゆると首を振る。 ロードのカードを一枚スッと引き抜くと自分の手札に加え、その26枚をパシッと軽くテーブルに置く。 彼らが今までしていたカードゲームはババ抜きで、ババ抜きのシステムといえばご存知の通り手元のカードを抜き抜かれ 手札にある同位の札をペアで捨てていき、札がなくなった者から上がりとしてクリア、その早さで順位を決める単純明快なゲームである。 ただしメビウスが持っていたカードは全部で26枚――そう、全カードのほぼ1/2の量。 明らかにもうビリは確定だと嫌になってくるほどの数だ。 面倒くさがりな彼のことだから、ゲーム自体を投げ出したのかとティキとロードが訝しげにそれらを覗き込むと、―――二人は目を大きく見開いた。 その反応を見て、メビウスはくすりと上機嫌に口元を歪める。 「私が一番だね?」 ――26枚のカードはそれぞれペアとして13組成り立っていて、さらに柄はスペードとハート揃い、エースからキングまでのものが規則正しく並んでいた。 「はァ!? …騙されたよ、お前絶対ビリだと思ってたのにな」 「意地悪いよねぇー メビィ、ペアが出来ても捨てないなんてさ」 「あは、カードで私に勝てるなんて思わないで?」 ちぇ、と口を尖らせたロードの髪をあやすように撫でながら彼はくすくすと笑った。「さて、ゲームも終わったし」そろそろ外に出ようかな。 ソファーに投げ出してあったコートを羽織っている最中 壁に掛けられた鏡の中にいる自分と目が合い、メビウスは哀しげに目を細めた。 「メビィ見たことない顔してるね ヒヒッ!」 「なんだ?」 「…どうしたんだろうねェ」 今まで二人でじゃれあっていたジャスデビが、そんなメビウスの様子に気がつき声を上げる。 当のメビウスはというと 首を傾け曖昧に微笑む。 「イノセンス…回収…やだー」 はぁ。 ソファにどさりとやる気なく雪崩れ込んだ彼に一拍の間をおいてぎゃははははと大声を上げて笑ったのはデビットだった。 「さっきまでロードに続いて『じゃあ私は二番乗りかな?』とか言ってたのどこの誰だよ!」 「さっきまではやる気あったんだもーん」 「いいじゃん そんな急ぐ必要もねぇよぉ」 そのロードの優しげな声にメビウスはクッションに埋めていた顔を少しだけ持ち上げ、彼女の目を見る。「ただ興味があるものを見に行くだけだろ? 僕もメビィもさぁ」トランプをぽいと机に放り投げながら意地悪く笑う。「げっ」どうやらババ抜きのビリはティキのようだった。 「…アレン・ウォーカーだっけ? 千年公の言ってた、父親をアクマにしたの」 「そー♪ 面白い奴だろぉ」 「たしかに、滅多にいないタイプだ」 そこで彼はもう一度溜息を吐いた。 クッションをボスッとティキに投げつけると、同じくソファに腰掛けているジャスデロの腿に後頭部を寄りかからせる。 「ヒッ! メビィは誰のところ行くの」「またクロスの野郎かぁ?」「ヒヒッ でもそれはジャスデビの担当なんだよね!」銃を互いに向け合ってテンポ良く会話を弾ませる二人を見て、ティキは呆れたように笑い、メビウスはそんな彼らを弟を見るような優しい目で見つめた。 寄りかけていた後頭部と一緒に上体を起こすと、彼の右側だけ伸びた栗色の髪がさらりと流れる。 右目を覆い隠すようにしなだれていた前髪がつられるように舞うと、――その下にある彼の右目は、幾重もの糸で縫い閉じられていた。 舞った前髪を咎めるように撫でつけながらメビウスは億劫そうに口を開く。「違うよ。 クロスは飽きた。」 「私が行くのは、白い悪魔の娘。」 「白い悪魔ァ?」 「ヒヒッ 千年公がたまに話すね! リオネス・とかいう名前の!」 「…………」 「ティッキーは会ったことあるんだっけ、えっと、名前は…」 「もしかしてとか言うー?」 「 へぇ、ロードちゃんも知ってるんだ」 意外そうに目を丸めたメビウスに、ロードは「まぁねぇー」と笑顔で頷いた後、一瞬にして目の色を変える。 「は、ボクのを取った奴らだ」負の感情のこもった視線をまともに受け止めたメビウスは、まるでその負を活動源にしている生き物のごとく、正反対の笑顔を彼女に返した。 「でもその子は殺しちゃ、ダーメ」 「なんでぇー?」 「エクソシスト見たらフツー殺すだろ!」 「殺したらメビィ怒る? 怒るの? ヒッ!」 「…どーせ獲物取られたくないんだろ」 「さすがティッキー! ちぇっ…当たりだよバカ 」 「(こいつは褒めてんのか貶してんのか…)、どーも」 「獲物ねぇ…何? 何がいいの?」 ムスッとした表情でロードは椅子から乗り出すと、メビウスに詰め寄る。 先程までの怠惰はどこへやら、一転元気になったメビウスはコートの埃を払い襟元を正していた。 「うーん、そうだね。 ティッキーの話聞いてたらなんかね。」 曖昧に笑うと、柔らかい絨毯を踏みしめメビウスは木製扉のドアノブに手を触れカチャリと押した。「クロスと遊ぶのも飽きちゃったし」 扉を跨ぐと、一度振り返って彼は微笑んだ。 空色の瞳は、彼の存在の中でも一際角立って室内を見渡していた。 「仕事は面倒くさい。 だから、仕事じゃないって思うことにするの」冷たいその色は、視線までもが冷たく感じられる。 ――正反対だ。 メビウスをじっと眺めていたティキは、一人そんなことを考えていた。 人間の側にいる時は良き友で親友でもあった、あの・とは。 姿形、声色。 全てが似通いリンクしていると言うのに、あの目の色だけはどうしても正反対で、繋がることはない。「私は…」少しだけ俯きがちに、それでも確りとメビウスは小さく口を動かして、扉を静かに閉じた。 「私の為の玩具を発掘しに、出掛けるだけさ。」 |