「だいぶ遅くなっちゃいましたね〜…」
「この嵐で汽車が遅れましたから…」
「とうっ」


 ―――ところ変わって地下水路。
そこには任務を終え、教団に無事帰着した三人が各々疲れきった面持ちで舟から教団の地面に足を降ろしていた。 白髪の少年、アレンがぼんやりとした眼差しで欠伸をこぼすと、その隣にいたこちらも同じ白髪のは対照的に、元気良く舟から飛び降り、軽やかに弾むような足取りで階段へと向かっていた。


…なんで出発前より元気なんです?」
「大人の事情だ…アッー!!
「ッ・・・、そうですか。 大人、 …ですか」


アレンの問いかけに振り向き答えた――かと思った瞬間、はずるっという音を立てて盛大に躓いた。 彼女から発せられた裏声に、反射的に右手を伸ばしアレンはの襟首を掴まえる。
 彼女の転倒率に関しては、もう一種の特技だなと感心せざるを得ない。


「ほら 急ぐから」
「だってお前リナリーが、…そう! オレの、オレのリナリーが寂しくて悲しくて泣いてしまっていたらどうするんだ!?」
「(元気だなあ…) それはないと思います
「ひ、酷!」
「  あ、ごめんなさい! つい本音と建前が逆になってしまって」
「えぇ!? おまっアレンお前 いつもそんなこと思ってんの!?」
「いつもでは無いですけど。 、。」
「 続きを 言えェェェェェェェェェ!!!!!
「ははっ もう真夜中だなぁ、 トマさん! 回収したイノセンスはどうすればいいんですか?」
「アレェェェン!!!」



いやに爽やかに笑顔を向けてくるアレンと、その目前で彼のリボンタイを掴みがくがくと揺さぶるに苦笑いを向けたトマは、控えめな声音で「科学班の方なら誰か起きてらっしゃると思いますよ」、とだけ言った。 トマの言葉に「へぇ、リーバーさん達の所ですね?」と笑顔で確認すると、アレンはぜーはーと息荒く自分を揺さぶるの肩に両の指先を降ろし、とんっと軽く押す。 「いい加減鬱陶しいです。」「 、 すいませんでした…




「じゃあ行ってみます」
「オレも行こっかな」
「へ? 医療班は、」
「あそこはオレが居なくてもなんとかなるの。 、くんもいるし」
「…班長いなくてどうにかなる班って、」
「うるせー!それよりリナリーだリナリー!! くぅっ…可哀想なリナリー、オレがいなくて夜も眠れ ブッ



のオーバーリアクション変人癖は今に始まった事ではないが――、自分の目元を袖で拭うような動作をし、『今、今迎えに行くぞ我が姫!』そんな台詞さえ聞こえてきそうなモーションで彼女はバッと手を広げた瞬間――、事件は起きた。
 の姿が消え、それと交代するかのように二つの人影が階段の上層から落ちてくる。 場所入れ替えの際に ブチッ、と聞こえたのは、恐らく耳の錯覚でも幻聴でもない。



「う…っ、」



 階段の上層部から降ってきた人影は二つ。 「か、階段あるの…忘れてたな、」掠れたハスキーボイスが場違いな艶かしさを醸し出す。 しかし言っている内容は声の持ち主にしてはうっかりなものだった。



「つっ…さん!? それにリナリーも!」
「あー…………、アレンか?」



階段に頭を打ち付けたのかその声の持ち主、はうんざりした面持ちで額に手を当てる。 珍しい表情を見たなとアレンは軽く目を見開いた後、もう一度はっとした。 二人分の荷重に下敷きとなったの腕が、助けを求めるようにアレンの足首を掴んだからだ。


「つ、さん、の顔が土気色に…!」
「ん? 班長そういや居ないな…ついに死んだか」
「ち、違! 下! さん下っ 下ー!!
「………? あ。  いっけね
! ー!!!」
「も 戻ったか…お前ら」
「リーバーさん!?」

べしゃっ

ぐぇえっ! おまっ心配するなら最後まで丁寧に扱えよォォォ!」
「元気じゃないですか騙しましたね!!」
「ちょっくん最近の若い子って恐ろしー…!」



の肩を掴み心配そうにしていたアレンは、リーバーの声が聞こえた途端に一転として  彼女の身体をぽいっと放り捨てリーバーへと駆け寄っていく。 「そのキズ…? 何があったんですか」「逃げろ…」おっかなびっくり不思議そうに尋ねてくるアレンの肩元に、リーバーは精根をすべて使い果たしたかのようにがっくりと倒れこんだ。


 そして、ポツリと一言。




「 コムリンが  来る 」



「は?」
「コム"ッ…!!!?」



――ドカン!



「…来たぁ」
「え"ぇえ"!? な 何アレ? 何アレ!?」
「ちょっ」
「班長うるさいです…」
「ばっ えェエ!? (酷くない!?)(まだ何も言ってないんですけど!)」



 各自各々に驚嘆の声を零すと、コムリンと呼ばれた巨大なロボットがヘッド部分で何かをサーチするようにぐるぐると辺りを見回す。 配水管でも壊したのか、勢いよく水がアレン達を襲った。



「げほっ」
「冷たぁぁぁぁぁ!!!」
「くっそ何て足の速い奴だ…」
「チッ」


白髪二人が喚き上げるのとほぼ同時に、白衣を着た二人の男は巨大ロボをぎっと憎々しげな目で睨み付ける。 舌打ちをしたがリナリーを水に濡らさないようとでも配慮したのか、ゆらりと立ち上がった。



「コーヒーで壊れるなら、水が苦手なのかと思ったんだけどな… 悪い、配水管無駄にした」
「「(壊したのアンタかい!!!)」」
、お前はもう十分頑張ってくれたよ…!」



 リーバーが崇めるような目でを見る。 その様子にアレンとは何だ何があったんだ本当に、と目を白黒とさせるばかりだ。 『発・・・見!』 突如響いた機械的な声に、その場に居た6名がピクリと反応する。



『リナリー・リー アレン・ウォーカー  エクソシスト…三名 発見!』
「――そうだ、そんなこと言ってる場合じゃなかったな」
「逃げろお前ら! こいつはエクソシストを狙ってる!!」

『手術ダーー!!!』



ブオッという擬音でも付きそうなほどに勢いよく、コムリンは体制を立て直した。 「うわわわわっ 追ってくる!追ってくる!!」「きしょォォォォォォ!!!」割合ピンピンとしている様子のエクソシスト一名――が火蓋を切ったように階段を駆け上ると、それに続くようにして残りの者もその後に続いた。 足の長さの問題か基礎運動能力のせいかは定かでないが、あっという間にリーバーとたちが先頭に立つ。



「リーバーさんさん! ワケがわかりません!!」
「ウム あれはだな! コムイ室長が造った万能ロボ『コムリン』つって…」
「「見てのとおり暴走してる!」」
「何で!?」
「いや、かくかくしかじかで―――って班長、大丈夫です「嫌ァァァ! コムリン嫌ァァァァァ!!!!」



 粗方のコムリンの説明が終わると、が顔を真っ青にしてぶるぶると震えだす。 トマとアレンがその取り乱しようにびくりと怯むと、リーバーとがやれやれといった風に顔を見合わせた。 知り物な風の二人に、アレンが声を潜めて問いかけた。



「な、何かあったんですか…?」
「いや、………実はコムリンにはもうひとつだけ古いタイプがあってだな」
「えぇ!(これ二作目!?)」
「ちなみにそいつは神田の蕎麦食って神田に斬られたんだが…」
「斬られる前にオレまで食べ物だと勘違いされたんだよ!」



恐怖体験のフラッシュバックから復帰したのか、うんざりと言ったような視線をコムリンUに送りつつが語りだす。 「胴体からまっぷたつに噛み千切られるかと思った! ――ああっ思い出しただけで怖気がッ…!」 ――ということらしい。







 愚痴交じりに逃走劇をくり広げていたせいか、あっという間に階段はのぼり終わり踊り場を抜けいくつかのフロアを迷走し結局は教団員の私室がある吹き抜けの廊下にたどりついた。 ぜいぜいと息を切らす面々の中、すうすうと一人寝息を零すリナリーの顔を覗き見て、アレンが心配そうにに尋ねる。



「リナリーは大丈夫なんですか?」
「コムリンの麻酔針くらって眠ってるだけだから、心配はいらない」
「麻酔針ィ!?  ッあーほんとだ注射の痕ー…!」



リナリーの首筋にかかる黒髪をどけると、が痛々しそうに眉を顰めて歪んだ叫びを落とした。 右手の指先でその部分を数秒覆うと、水色の光がポゥッと毀れ散っていく。 どかす頃になると針の痕は綺麗さっぱり消えていた。


「はぁ〜…」


重い溜息と共に彼女の頭へ大きな手のひらがぽんっと降ろされる。 傷を消し終えた安堵の後の突然の衝撃にが肩をびくっと震わせると、リーバーが彼女とアレン、そしてトマにすまなそうな視線を送っていることに気が付く。「…?」「ラクになりたいなんて思ったバチかなぁ、」「…え?」アレンがきょとんと首を傾げると、リーバーはの頭から手を退けて頭を抱えた。
「…お前達エクソシストや探索部隊は命懸けで戦場にいるってのにさ、 悪いな」




「おかえり。」



 眉を下げてそう言ったリーバーに、は照れくさそうにはにかみ、トマはぺこりとおじぎをし、――そしてアレンは、ぼんやりと遠くを見るようにして視線を地に落とした。 そんなアレンの様子を、唯一 が瞬時に察知する。 横目でばれない程度に彼を伺い、その後には「ただいま…まあ許してやるよ」「ハハハ何を偉そうに」と軽い雑談を交わしている二人に目をやった。 トマはトマで、そんな二人の様子を微笑ましげに見守っている。 「(――放っといたら、誰も気付かないか?)」 暫しの沈黙の後、は小さく溜息を吐くと 先ほどリーバーがにそうしたように、アレンの髪に手を置いた。



「っ …さん?」
「大丈夫か?」
「あ、ッハイ!」
「 ん? 何だよ、もしかして任務のキズが痛むのか? 報告は受けてるぞ」
「いえっ 平気です!」



心配そうな声を投げかけるリーバーにぶんぶんと手と首を振りアレンは否定する。



「た ただいま、」



照れくさそうに、それでも嬉しそうに改めて言う彼にリーバーとは両者きょとんとした表情を見せる。 そんな二人を流れるような視線で注視したあと、それはの方へと走っていく。 その様にまたもきょとんとしていたが、アレンの何かを期待しているようなきらきらとした視線にあてられ、思わずくつくつと笑い出してしまった。
 多分、『おかえり』、って言って欲しいんだろうな、こいつは。 ――でも、




「お疲れさま、アレン。」



悪いけど、今の俺にはまだ言う資格が無いんだ、その言葉。

ぐしゃぐしゃとアレンの髪を引っ掻き回すに、アレンは抗議の声を上げつつも嬉しそうに笑っていた。