『あ、こりゃもう駄目だ』

 体を襲う、快感とはまた違った ぞくぞくぞわぞわと背筋の竦むような、この寒気。 熾天使ノ羽衣セラフィム・ケープがオレの背中から姿を消した。「…!!」迫りくる地面を見て、こりゃあ肋骨・頭蓋骨のヒビや骨折くらいは覚悟したほうがいいな と唾を飲む。(いや、オレは天下の吸血鬼!)(きっと何とかなるはず…!!)

「あーっ! もう! …ッ落ちてんじゃねェェェェェェ!!


***


「…痛っ 何だったんだ 今の…っ」

 体全身の筋肉、神経が悲鳴を上げる。 眉間に皺を寄せ先ほど、ほんの一瞬の出来事を思い出した。 目の前に、いつの間にか三叉のような槍が飛んできて…、反射的に自分の身を庇うように広げた左手で それを受け止めると、物凄い力で僕ごと ぼろぼろに枯れきった建築物に吹き飛ばされた (…あれは一体なんだったんだろう)

「…!なんっ… あーっ! もう…!」
「 ん?」

 夜空の静けさに紛れて、決して高くは無い 聞き覚えのある声が、遥かの上空から、微かに聞こえる。 上を見上げると、声こそは無くなったものの 何かが落下してくるような 風切音と、ボゴン、と乾燥で脆くなったこの建物が一部、欠けるような音がする。 (…うわっ。) 月夜の光りで露わになった屋内に、小柄な影が勢い良く落ちてきている。(なんだかものすごく見覚えが…

「 って え なん …っうわあぁぁ!」


地面に向かって正面を向きながら落ちてくるを(ていうか受身くらい取りましょうよ)イノセンスと右手で掬うようにして受け止めると、彼女を支えた手は 地面ギリギリのところで止まった。 頭の上で手を組んでるを見て、ひとつ息を吐く。全然動かないので、どこか怪我でもしたのかと思い 顔を見てみると、目をキツく閉じたまま これからの衝撃に耐えているようだった。(落ちたら怪我するのは顔なのに。どうして反対の頭を守ってるんですか?)(この人少し頭悪いのかもしれない)

「……」
「…じ‥地面と こん にちは…は…ッギャア!」


周りが瓦礫だらけなので、自分の膝の上に乗っけると、頭を抱えたままは変なことを口走りだした。 この人ほんとにアホかと思ってデコピンを一発右手で食らわせると、また変な悲鳴をあげて額を押さえた。

「デコ…デコがッツ…!!! ん、ア…アレン? なにしてんの」
「…こそなんで上から…? こっちはアクマに吹っ飛ばされて…  げっ

 左手がなにやら ジュウゥゥゥ、と不穏な音を立てているので、何事かと思い越しに目を通すと、

「うわーーっ キズ! キズついてる!!」
「え あら …も、もしかしてオレのせい!!?」
「また コムイさんに修理されるよ  どうしよう!!!」
「え えっとその あの ご …ごめんな アレンでもそんな泣かなくても あの…」
「怖いなぁ…」


 前回の出来事が余程トラウマになっているようで、コムイさんに修理されるところを想像するだけでも涙が浮かんでくる。がなにやら勘違いしているようで、僕が突然泣き出した意味を『痛くて泣いてる』とでも考えたのか、損傷した僕の左手に手を当てて、 「痛いの痛いの飛んでけー」 とぼやき始めた。(あなたホントに医者ですか)

「…ふう」

― ビキ

「 え」


ビキ ビキ  ビキビキビキっ


「? なんだろ… (キシむような音が…)」

膝の上に乗っかったまま、「痛いの痛いの飛んでけ」と依然ぼやくは、そんな音には気付いてはいないようだ。 音源を捜すようにきょろきょろと上下左右、首を振るが、どうやらその音源は今僕が座っているこの地面のようだった。

「お!?」

まさか…と思ってを右手に抱えると、ぼやくのに夢中になっていた彼女は目をぱちくりして、床が崩れたという出来事= 落ちる ということはわかったのか素早く僕にしがみつき、息を呑む。 落ちていく浮遊感に悲鳴をあげるが、その悲鳴はむなしくも、暗闇に木霊していくだけだった。



***



ガキン!



という音を立て、発動したまま伸ばしていたイノセンスに何か取っ手のようなものが引っかかった。スピードを少しでも緩めようとしていたのが幸いしたようだ。

「ほわぁ!!! アレンちょっ 揺れっ…揺れる揺れすぎ!!」
「ちょ… 大丈夫ですから暴れないでくださいって!」

地面が無いことに落ち着かないのか、足をバタバタと振るをどうにか宥める。 彼女もその行動に大して意味がないと悟ったのか、僕にしがみついたまま先程の僕のように頭をキョロキョロと振り、あたりを眺めはじめた。

「何だ、ここ」
「街の地下にこんな広い空洞があったなんて… うわぁっつ!!!!!」
「ギャー!!! ごめんなさいィィィ!!!

左手のイノセンスに引っ掛けていた取っ手がとれたようで、そのまま、下で待ち構えている 硬い硬い地面に真っ逆さまに落ちてしまった。 …せめて柔らかい地面だったら良かったのになぁ。 の微かな加重も加わり、更に痛む腰を摩りながら目を開けると、どうにか庇ったのワインレッドの瞳と視線が合った。 …。(近…っ!) しがみついたままの彼女を、落下した際こちらも抱え込むように支えたので、硬い地面の上で抱き合うような形になってしまったのだろう。

「(…うわ、小さい)」
「…っと と、ごめんな さっきから。 下敷きにしちゃって」

 見た目よりも更に小さい、の感覚に少なからず動揺する僕をよそに、彼女は素早く、申し訳なさそうに僕の上から退くと、左手で米神を押さえつつ右手を僕に差し出した。

「…いいですよ、に怪我が無いなら それで」

ちょっと惜しかった。 そんなくだらないことを考えている自分に呆れながらも 彼女の右手を取る。 「…あ、りがとうございます…」「いや、こちらこそ」 小さいけれど指の長く整った手のひらは、その青白さに負けないくらい、氷のように冷たかった。


「さて…こっからは迷路みたいですよお兄さん」
「…え?  ! これは・・・」

 が親指で指した方向を向くと、奥行きの分からない道が、どこまでも続いているかのような錯覚と共に、暗く黒く、続いている。

「無事出られるといいんだけどな…」


彼女の溜息混じりの呟きを聞いて、少し 気が遠くなる思いがしたのは言うまでも無い。









08.07.31 一部修正