「…やい、リーバーくん。 何故に彼はぐーぐー寝てるのかね?」

 神田の腕に絡みついたまま、今呼びかけた彼に指定された場所へとやってきた。 司令室。 足の踏み場も無いほどに書類の散乱したこの場所は、まるで床にあるそれが、元からあったタイル、に見えるほどの錯覚が起こりそうだった。「(これは、どこを歩くべきなんだ…)」首を傾げると、神田がずかずかと書類の上を歩んでいくので、オレもそれに引き摺られる形となった。(なんでオレっていっつも…!!)

「徹夜明けだからなー…オレもだけど」
「はん、相変わらず大変だな科学班は… ま、オレは今日もばっちり3時間寝れたけど!」
「…。(も苦労してんだな…!!)」

神田に絡み付けていない、右手のほうの親指を立ててリーバーにウィンクを送ると、彼は明後日の方向を遠い目で見ていた。(え?)(なんで?) くんよりお使いに頼まれた、 “科学班 行き” の書類をデスクにそっと下ろす。(まあコムイもリーバーもいるし)ここに置いておいても良いだろう。 首を思い切り持ち上げ、オレの身長の何倍あるか知れない、資料の詰まった本棚を見上げる。 中からオレの腕の半分ものリーチがある黒い本を取り出すと、落とさないように慎重に開いた。 何かの記録の記された書物のようだ。

 コツコツと ブーツと床のぶつかり合う音が早足に響いた。お、来たかな、と思いつつも、 あの量をあの短時間で食べ終わったのかよ、という疑問も生まれた。 ( ま、人のこと言えないんだけどね! ) ページを3P程めくった位だったので、やはりそんなに時間は経っていないようだ。 「よ、アレン」「あ、どうも、って……」「?」 走ってきたのか、いつもよりも少々弾んだ声が耳に残る。

「何 朝からイチャついてるんですか」
「は?」
「うるせェ」
「 …? ………ほああああ!!!(腕 放すの 忘 れ て た … !!)

 アレンが訝しげに、呆れたような視線をこちらに送っているのに気が付き、その線をなぞるように目で追っていくと、神田の団服の黒にオレの青白い手が絡んでいるのが見えた。「わ、悪い!」繕うように焦った笑みで神田の腕を解放すると、彼はほんの少し目を見開いた後、盛大に溜息を吐く。(え!?)(そんなに嫌だったのかよ!!)



「室長! コムイ室長!!」

 アレンに何故か今の出来事を弁解しようと、試行錯誤していると、後ろからリーバーの、お冠な声が聞こえる。「…ったくもう! !」「へ、へいっ!」後ろを振り向くと、彼がコムイの頭を殴っているシーンを目撃してしまった。(ショッキング映像!)「あーやっぱ全然起きねえ! 手伝ってくれ!」「よし来た! あ、あー…」喉に手をあて、声をいつもより半トーン下げる。 アレンや神田が何事かと、訝しげにこちらの様子を見ていたが、きっと彼らはこれからのこちらの様子に頬を引き攣らせるに違いない。


「リナリーちゃんが結婚するってさー」
「コムイ義兄さん! 妹さんをいただきにきました!」

「リナリィィー!! お兄ちゃんに黙って結婚だなんてヒドイよぉー!!!」

勢い良く覚醒したコムイに、頭突きを食らわされそうになったので、慌てて身体を引く。 後ろではやはりというべきか、完璧に引いている神田とアレンに、なんとも言えない表情で斜め下を向いている(愛しの)リナリーが目に入った。

「悪いな このネタでしか起きねェんだこの人」
「しっかし、… 毎回毎回、飽きねえよなあ…」


***



「いやー、ごめんね 徹夜明けだったもんでね」

 先程までの錯乱振りはどこへやら。 すっかりといつもどおりのコムイの後ろで、リーバーが『オレもっスけど!』 と微かにグチを漏らしたが、聞き入れてはもらえないのだろう。

「さて 時間が無いので粗筋を聞いたらすぐ、出発して」
「コムイが起きてたらもうちょっと時間あったと思うよー」
「…詳しい内容は、今 渡す資料を行きながら読むように!」
「うっわ、ねぇ神田ー コムイが無視するー」

左に座っている神田のコートをくいくいと引っ張ると、ノーリアクションな神田に代わって苦笑したリナリーが資料を渡してくれた。 にこりと、余計なくらいの笑顔で礼を言って、それを受け取る。 足を組んでそれを広げると、冊子が1冊だけではないことに気が付いた。

「オイ コムイ! なんでオレの資料だけ2冊あんだよ」
くんには、神田くんとアレンくんとの合同任務を片付けた後、ブルガリアまで行ってもらうよ」
「「ゲ」」
「うっわ なんと…って、何 険悪ムード放ってんのさ」

背凭れに身を預け、物凄くいやそうな表情でコムイを見ている両隣の二人を交互に見比べる。 そこまで仲が悪いのかお前らは。 こちらを振り向き、目がぱちりと合ったアレンに呆れつつも苦笑いを零すと、反対側の神田が口を開く気配がした。

「… オレはだけでいい」
「なっ! コムイさん!僕だってまだ此処に来たばっかりなんですからとだけ一緒でいいです!」
「ふざけんな 足引っ張るヤツ連れてくなんてごめんだ」
「引っ張りません! それに神田と一緒に行ったらなんにも学べそうにないですし」
「…んだと? ていうかちゃっかりに触ってんな クソモヤシ!」
「ちょっと見てればなによ神田ばっかり! くんはみんなのっていうか私のものよ!」
「ぎゃー! あなたたちあんまり引っ張んないでくださいまし! ( 千 切 れ る って!)

右のアレンに二の腕を抱えられて、前からリナリーに左手を引っ張られて、左の神田に首と頭を抱えられる。 うん おいしい状況なんだけど 特に神田の力が強すぎて、オレ首折れそうだよ。 (この加減を知らない子め…!!) どうにかしてくれ!、と、 ( この中で唯一の常識人 ) リーバーに視線を送ると、彼は何も言わずに顔を逸らした。( 薄 情 者 !! )

「え 何 ナニ? もう仲悪くなったのキミら?」
「 ど う し て お 前 は そ ん な に 楽 し そ う な ん だ … !!!」
「んー…まぁ、でも この様子見ると くんが相当大変そうだからなあ… やっぱりラビと一緒に行ってもらおうか!」
「ラビ?」
ふざけんな! あんなのと二人で行かせるくらいなら 三人の方がまだマシ…  !」

 まだ会っていないからか、ラビのことを知らないアレンが名前を呟いたのとほぼ同時に、神田が立ち上がるほどの勢いで叫んだ。 (もちろんオレの頭を抱えたまま) (これぜってぇなんかのイジメだ…!!) 言葉の途中でコムイの目が光ったのを目撃したせいか、途中で言葉を詰まらせて、舌打ちをしながらまたもとの位置に腰を下ろす。

「一段落、着いたね? 最初に言ったとおり三人で行ってもらうよ」
「…チッ」
「( 最近良く舌打ちするなぁ… )」

 三人からようやっと開放された身体をならして、神田を一瞥する。 困ったように頬を掻いて、みんなに気付かれないよう小さく小さく溜息を吐くと、コムイがイタリア近辺の地図をほぼ同時に広げる。


「南イタリアで発見されたイノセンスがアクマに奪われるかもしれない。
 …早急に敵を破壊し、イノセンスを保護してくれ!」



***



「ん、間に合わせだからやっぱ大きいなあ」
「これって、着なきゃいけないんですか?」
「エクソシストの証みたいなものでね」

 アレンが、漆黒のコートの袖に腕を通す様子を見たあと、久しぶりに降りてきた地下水路をきょろきょろと見渡す。(変わんないなあ)任務に出るのが、少し久しぶりだ。 戦地での感覚は鈍っていないだろうか。 身体能力は劣化していないだろうか。 そんな疑問、不安を ぐるぐると頭で回す。

「珍しいよな」
「 何が?」
「療養室、平気なのか? お前出ちゃって」
「…くんいるし。 オレよかできる人だから、平気だよ」

問いかけてきたリーバーに、笑い飛ばすようにして返事をすると、地下水路、つまりこちらに通ずる階段をこつこつと下りてくる足音がした。小首を傾げて様子を見守っていると、そこから現われたのは 少々息を弾ませ、ツインテールをさらさらと揺らすリナリーだった。

「リナリー! どしたの」
「‥、くんの、お見送りに…」
「 !(あ、やばい)(嬉しい)」

 今までが今までだったもんだから、やけに心が癒される感じがする。「くん」「ん?なにー?」 いやにニコニコとしていると、真面目な表情で、彼女はオレの名を呼ぶ。 「?」 首を傾げつつも、それに合わせるように体裁を整えた。

「…帰ってきて、ね…?」

 俯きがちにリナリーが呟く。 彼女の目線はオレの手と、それをしっかりと握り締めるリナリーの手に向いている。 「…。 あ、ああ。 …えっと…」 曖昧に呟く音だけが、オレの口からは零れていった。 泣きそうな女の子を目の前にするほど、気の利いた言葉は出てこないものだと、不謹慎にも考えてしまった。 強めに握られた冷たい手を、何秒だか、何十秒だか、わからないくらいに見つめる。 中腰になって、リナリーの顔を覗き込むと 意外にも彼女は真っ直ぐに見つめてきた。 芯の強そうで、繊細な光が綺麗だな、と思う。

「…ありがと、リナリー」
「 ううん」
「約束はできない。 ‥けど、願ってくれるのなら、善処はする よ?」
「…!」


小さな子供に言い聞かせるように、目を見ながら微笑すると、彼女はコクコクと忙しなく首を縦に振った。 「かしこまりました、お姫さま」 大切に思われているのがわかって、ほんのちょっとだけ、照れくさい。 茶化すように自分の胸元に手をスライドさせ、軽くお辞儀をした。


「いってきます、リナリーも風邪ひかないようにね!」


 手をヒラヒラと振って舟へと向かう。 後ろから、綺麗なソプラノが、「いってらっしゃい」と 寂しげに呟く声が聞こえた。