森から帰ってきた神田を引き摺り、ようやくやってきた食堂は、やはりというべきかなかなかの混雑に見舞われていた。 (朝は混むよなあ)現地活動の探索部隊、エクソシストの出発は、朝が多い。 そのほうが各班共に都合がつくのだ。 例えば医療班としては朝にそいつらが出発してくれれば、日常生活なんかの余計な(というと少し酷いが)クランケがあまり来ないし、必要な重病患者の方に時間が割ける。(…まあ、明日の朝は混むだろうけど) 来るときは来る、が。一日おきのローテーション、とでもいうか。 「くん、今日はなに食べるのかしら! あたしなんでも作っちゃうわよ!」 「…お、おお。 おはようジェリーさん! 今日もパワフルで綺麗だねっ!」 「もー! くんたら、上手なんだからっ!」 いつのまにやら、神田はオーダーを終えたのか、軽く横にずれて運ばれてくる食事を待っているようだった。 そこのスペースにもぐりこむようにして、対面口に身体を寄りかからせると、ゆったりと思考をめぐらす。 あれは昨日の夜に食べたし、今日はこれの気分ではない。朝飯ひとつにも 優柔不断なオレにとっては少し時間のかかる決断だ。 「えーっと…」 「じゃあ…、 オムライスとミートスパとクリームシチューとハンバーグに、炒飯とピラフとカレーライス、ホットケーキとフレンチトーストとー…あー…甘いココア飲みたいな! …あとはデザートにチョコレートパフェとジェラートに三色団子5本といつもの特製山盛り杏仁豆腐!」 「相変わらず食べるのねー…」 「これくらい食べなきゃやってらんないんすよ」 軽く遠くを見つつも悟ったように言う。 寄生型、と言う以外にもオレは頭を使う。インドアな 割にカロリーの消費は盛んだ。 呆れたように笑うジェリーさんに、こちらも少し苦笑いで返して 次に注文をする人のために 神田に寄りかかりながら横にずれる。 「時間掛かるかなー」「あれだけ頼めばな」思い切り首を持ち上げて、背面に控える彼の方へと顔を向けると呆れたように視線だけくれた。(畜生!) 「…ぜったい神田が少ないだけだろ」「明らかにお前が多いんだよ…!」 唇を尖らせて反論すると、彼は運ばれてきた蕎麦を持ってさっさと席の方へ歩んでいってしまった。(オレ超ロンリーじゃん!)(さみしい!) そんなことを考えつつ、寄り掛かる身体が無くなったことに 一抹の寂しさを覚え、代わりに冷たい対面口沿いに肘を突く。 黒いコートを視線で見送ると、彼の持っているものが『また』蕎麦だけだと言うことに改めて気付く。(栄養偏る、って)蕎麦は確かに身体にも血液にも良い。が、だがしかし。(だから神田の血は美味しいのか?)「くーん!」「はっ…はい!?」妙な考え事をしていた所に、突然声をかけられ、声帯が翻った。 「デザート以外のものだけ食べちゃう?」 「あ、う、うん、そうする」 「じゃあちょっと待ってね! あと1分くらい!」 「はあい… あ、ねえねえジェリーさん!」 「何かしら?」 不思議そうにこちらを振り返った彼女(彼?)に、身を乗り出すようにして、一つ叫んだ。 「ホウレンソウのお浸し、一個追加で!!」 *** トレー三つの中に、所狭しと置かれた料理の数々が鼻腔を擽る。 デザートは後にしてやはり正解だったのだろう。 両手と頭、それ以外にトレーを置く場所と言ったら口くらい、なんじゃないだろうか。(さすがにそこまで咬筋強くないし!)頭のトレーが気を抜くと少々ぐらつくのが危なっかしい、が、周りのみんなもこの光景には慣れたのか対して突っ込みもしない。「となり、すわるよー」 トレーをお目当ての人、神田の隣に下ろしながら念のため許可を取っておく。(いや、)(やだとか言われたらどうしようだけどさ)そう考えたあと、後ろで何やらネガティブな雰囲気を放っている探索部隊数人に気付き、蕎麦を喉に通し終えたらしい神田に軽く苦笑いを送って首を傾げる。椅子に座って肘を付き、神田の顔を覗き込むと 不機嫌そうな彼の目がこちらを一瞥した。「…イライラしてる?」「してねェ」「へぇっ…、」立派にしてるじゃないか、神田くん。 いつもよりは睡眠をとったというのに、それでも憩いを求める欠伸を手で押さえつけながら、フォークとナイフを手にする。 「いただきまーす。 …あ、神田、これあげる」 「は? …いらねェよ」 「いいから食べなよ」 「…。」 脅しに近い口調でにこりと笑い、 差し出したおひたしを、蕎麦のトレーの上にちょこんと乗せてみる。(きっとサラダよりこっちの方が…!) きっと、食べてくれるはず! 気合十分に容器を掴んだままでいると、神田の呆れたような視線に気がついた。 我に返り少々気恥ずかしくもなったが、まあいい。これも慣れた。(慣れていいんだろうか…) カチャリ、と音を立てて食器を皿の上に置いた。 (そろそろできたかなー‥?)丁度食べ始めから、10分弱が経ったころだ。 満腹中枢の前に何かが物足りないと訴えている。オレは甘いものに目が無いのです。 きょろきょろと動かしていた顔を、神田の方向へと持っていく。 「…ん?」 裏切りにより、彼はオレよりも早く飯を食べ始めたはずだ。 だが、彼の前面に置かれた蕎麦は先程からさほど量が減っていなかった。(…?)疑問に思い、神田の顔を見上げると、彼のくろい瞳と視線がかち合う。 合わさった視線に対して何の動揺も無く、彼は頬杖をついたまま動かなかった。(目ェ開けたまま寝てるんじゃあ)(ていうかお前、食事中に頬杖‥)「どうした神…田……ハッ!! まっまさか…!?」「…あ?」 オレの猿芝居にようやく反応を返したカンダに、少々の安堵を覚える。 「このさんの美貌に見惚れて、飯が喉を通らんと…!?」 「寝言は寝て言え」 「やー、いやいや…気持ちはとっても嬉しいよ、だがオレにはリナリーという心に決めた人が居」 「斬られてェのか?」 「なんちゃって冗談です! やーだもうオレ神田大好き! あっデザートできたのかな行ってくるね ウフフフフフ」 捲くし立てるようにしてその場から遠ざかる。 小走りで数メートルを走り、その後ゆったりと歩調を緩める。 都合よく人がまばらになった注文口に向かうと、ジェリーさんが笑顔で手を振ってくれた。 *** 「ジェリーさあん、デザートできました?」 「できてるわよ! はい、どーぞ」 「ありがとう! いただきまーす」 またしてもトレーが一つ、あの卓上に増える。 甘い匂いを漂わせつつ神田の所へ戻ろうとすると、入口方面に、オレと同じく少し周りから浮いている白髪が、うろうろと歩いているのが見えた。 …や、うん。(逃げてもいいですか!!) 「あ、。おはようございます」「(見つかっちまったぜ★) あは…グッモーニン!アレン!」 表面上はとても爽やかな笑みで言葉を返す。(奴に出会ってしまった…)が、やはり表面上、というだけあって胸中は相当強張っているオレだ。 アレンもオレと同様に、にこりと爽やかな笑みを貼り付け、そのベージュの唇を動かした。(あれ、友好的?) 「上機嫌すぎて、なんか逆に気味悪いです」 「(やはりそんなことはなかった…!)」 「っふ、冗談ですよ。…あ、食事ってあそこで頼めばいいんですよね?」 「うん、そうだよ…なあ、寄生型ってことはアレン大食いなのか?」 「に言われたくないんですけど」 「うっせ…あ、じゃあね」 空笑いで手を振り、早歩きで彼の傍から去る。(やっぱりオレのこと知ってるのか…)アレンの無自覚であろうプレッシャーが、少しだけ苦手だ。 それでも様子が少し気になり後ろを向くと、嬉しそうなジェリーさんがアレンに喋りかけているのが見えた。 「新入りさん? んまー、これはまた可愛い子が入ったわねーっ!!」 …可愛い子? 騙されないでジェリーさん!やつは羊の皮を被った狼ですよ‥!! 「ただいま…って、食べるの遅くなったなあ、神田」 「うるせえ」 意気消沈気味に、トレーを彼の隣へと下ろす。 (うるせえ、って!)(そんな酷い!) …もしや、待っていてくれたのだろうか。注文どおりにボリュームたっぷりな杏仁豆腐を口に含みつつ、そんな事を考える。(や、でも‥)(神田があ?)まさか、と笑い飛ばす反面、そうだったらいいなあと期待する意識が、まばらにあった。 デザートは割と喉にも流し込みやすく、食べ終わるのにそんなに対した時間は食わなかった。 皿をまとめ終えたオレの横に、あげたお浸しをなんの文句も無く食べている神田が見え、思わず笑う。「…なんだよ、気持ち悪ィ女」「あ、ちょっと、和んでいる所に言葉のナイフ飛ばさないでくれよ」 辛辣な言葉に心臓を抑えてリアクションを取ると、鼻で笑われた。(いや、いいけどさ) 人を小馬鹿にしたような態度も、オレ、愛してるんで! 自分で考えたことに対して、何故か頬が少し緩んでくる。 顔全体に笑みを貼り付け、そろそろ食べ終わりそうな神田の右側面に軽く寄りかかると、コート越しの身体に、とても落ち着くような、それでいて脈が速く、緊張するような感覚を覚えた。 (……?) ボーっとしていると、自分が何かを忘れているような気分に陥り、纏めた皿を彼の身体に寄りかかったまま数えてみる。 いち、にい、さん……。 「…あああああああ!!」 「…あ?」 「ちょっ…あ、ああ…ば、馬鹿な! パフェが!無い!!」 「…。」 ちょっと取ってくるね! そんな言葉を神田に零すと、彼はまたオレに呆れたような視線を投げ、箸を進める。 食堂内をパフェのために小走りで駆けると、注文口付近で待機している白髪が目に入り、少々、神田の傍を離れたことを、ほんとに少しだけ、後悔した。 |