まどろんだ意識で目を開けると、そこには大きなライトが一つ、点灯していないままに在った。 キョロキョロと辺りを見回すと、薬品の置いてある棚、白い扉。 手術室か何かかと思ったが、ここには医療器具が無いし、手術室よりも清潔度が低い。 …あたりをもう一度見回すと、実験器具がちらほらと目に入った。(科学班の実験室、か) では何故、オレは此処に? 「くん…もー…また壊したの?」 「 へ?」 奥の部屋の闇の中から、コムイがゆっくりと現れる。それとほぼ同時に彼はオレの右手を指差し、そう言った。 たしかにそこにはオレの右手が微かに赤く、…いや、赤紫、痣のような気味の悪い色に染まっていた。 …イノセンスの状態異常、だ。 「うっさいなあ」 「直すけど」 「うん、」 それを確認した後、コムイはいつもより遥かにイイ笑顔をその御顔に貼り付け、後ろ手にしていた左手を徐に前へと出す。 そこに持ち、構えられていたのは大きなドリルとこれまた大きな、見慣れぬ機械だった。 「ちょっとショッキングだから、トラウマになりたくなかったら見ないほうがいいよ♪」 「 …え?」 *** 「やぁ…っん、かん、だ… ぁ」 「 …あ? (こいつ朝っぱらから なんの夢見てんだよ)」 「…神田、班長がさっきからすごい魘されてる?んだけど、お前なんか 「いぃいいってーーーーーーぇ!ちょっ! そそそげ そそげる そげるゥウゥゥゥゥ!」 「「うるせーーーーーーー!!」」 アレンの腕の修理を終えた次の朝。 夜から色々とゴタゴタしすぎたせいか、いつもよりも激しい疲労感が体を襲っている。(ちなみに現在進行形!) 修理と言うのはそこまで時間も掛からずに終わった。 科学班に書類を届けると言う名目で来ていたのもあったので、その後の大元帥、ヘブラスカたちへの面会には立ち会わないことにしたのだ。(オレ、あの人たち好きじゃないし) 療養室へ戻る頃には、散漫と辺りを照らし、輝いていた月もとっぷりと闇の中へ消える午前3時。療養室にいたくんを含む部下たちは、オレを暖かく、それでいてシビアに、「…おかえりなさーぁい…」と迎えてくれました。(えへ)(思わず 「ヒィッ!」 とか言っちゃった!) 部下達をそこまでやつれさせていた原因は、もちろんというかなんというか、上から、探索部隊から、色々なところから回ってきた書類だった。 白い紙に詰め込まれたデータは、オレの背丈ほどの白山を3つ作ってやっと満足をしたらしい。(オレほんとは定時で0時上がりなんですが)そんな不満を漏らせないほどに忙しない職場。サボり癖のあるオレにとっては、少々辛い場所だ。(まあやってやるけど、ね) 「…っつ …く…!! お腹減った…!!!」 「保護者が来るまでその体勢で。」 「畜生めがァァァ!!!」 そして今、何故かオレは正座をしているわけですね。 かれこれ15分程なのだけど、それだけでも普段することなんか無い体制なので足の神経が麻痺してピンチだ。(喋ったら死ぬ!動いたら死ぬ!) そんなステータスで、書類の方へ意識を戻したくんを恨みがましく一睨みした。 「…あーあ…」 お腹減ったなあ。 …神田んとこ、行きたい…なあ。 先程までいたはずの彼は、『鍛練』とか何とか、理由をかこつけ、オレを見捨てて外へと出て行ってしまった。(薄情者…!!) 怪我は、治っていた。 態度からしても元気が無いとか、そういうのは見当たらなかった。(…でもなんか変だったんだよ、なあ)目を細めて、大人しく正座をしたまま思考を巡らす。 思考、というよりはぼんやりと意識を漂わせてリラックスしている、と言うほうが正しいのだが。 (…保護者?)まるでガキ扱い、というよりオレの保護者って、ここの意味で言ったら誰に当たりますかねくん。 少しだけぴりぴりとしている部下を見遣るも、話しかけることはせずに眼を瞑る。 解放されたら、朝ご飯食べて、療養室に戻ってきて、書類とオペに追われる。 新人が入ってきたからと言って、エクソシストとして、未だ少々未熟なオレにとっちゃあ対した関与ではない。 「…ふう」 頑張らなきゃなあ。 「溜息なんかついて、どしたん?」 「ん、やー…天才にも悩みはあるものなのですよ、…って?」 「おはよーさ、!」 聞き覚えのある男の声を耳に覚える。 「あ?」 後ろを確認するように振り向くと、まず眼に入ったのは燃えるようなオレンジの髪だ。 ボーっとしていると、額に熱くて柔らかい感覚を覚え、頭を撫でられる。 いつもはバンダナで押さえているはずのオレンジは、今日はその縛るものも無く自由なのかふわりと揺れ、それもまたオレの額撫でた。 額にあった柔らかいものが退くと、このどこまでも白い室内にリップノイズが反芻する。 「…。 ドチラサマ?」 「班長…あんたそろそろ歳なんじゃ「ああ、ラビ! おっはヨォー!!」 とてつもないほどのイイ笑顔(五割増)で返事をしたオレに、ラビはこちらもまた、とても嬉しそうにして、頷いた。 「久しぶりっ‥!!!」 ソファ越しに正座したままの身体を抱きしめられる。 相変わらず体温高ェなあ、とかなんとか考えつつも、脊髄反射の如く襲い掛かる、麻痺した足からの攻撃は避けることが出来なかった。 「ギャァァァァァァァ!!! 足!足がしびっ…!!!あ"ーーーーー!!」 *** 「割と帰ってくんの早かったな、お前」 「に会いたかったからね。 身体は平気さ?」 「良好です …って、おい、それ、オレのココア」 『保護者』はラビではないらしい。 足の痺れに耐えかね、少々泣きの入ったオレを見て くんより正座解放令が発布された。(助かった…!) ソファから足を投げ出しぶらぶらと揺らすと、隣にちゃっかり座っているラビが机の上のマグカップを見て、中身を覗きこむ。 「カタいこと言うなって」「や、でも鍔叉くん特製の、だぜ?」飲まれるのが嫌だとか、そういう問題ではない。 オレのみに出される鍔叉くん特製ココアの成分量は、 「…。 水ーーーーーーー!!!!!」 甘いチョコレートにミルクたっぷり、そしてこれまた特製のあまい紅い角砂糖が約10個弱仕込まれているからだ。 「ラビィィィイイイィイ!!」 「だから、オレの、って言っただろ」 身を捩じらせ、少し涙目になりながらラビは叫ぶ。くんが持ってきた水を先程の数倍のスピードで飲み干す彼は、可哀想だったけど、それと同時にとても滑稽だった。 「あんた、一体どんな危険物飲んでんだ!」 「その危険物を淹れてくれたのは くん、なんですが」 「ゲロ甘…、オレ、もう駄目かも」 「ラビィィイィィ!! 気を確かに、持て!」 茶番劇のように繰り広げられる救命措置に、本人達は相当真剣なんだろうが(悪気の無い)加害者側のオレから見れば、それは相当笑えるものだ。 欠伸を一つ零して、ココアの入ったポットを揺すると、軽い感覚で揺れた。 (あとで足して貰わなきゃなあ) 猫舌のオレにとっては丁度良い熱さのそれを、一口啜る。 「ラビー」 「 な に?」 「神田、知らん?」 「え… ユウ?(あれ、オレの心配は?)」 「うん。知らない?」 「外で、鍛錬中…じゃないさ?」 「あんた死者に鞭打つようなこと言うなよな!!」 「‥。あーもー、くんは減給確定ね」 「 すっすみませ…」 確実に減給を恐れているくんに、くすくすと笑いかけると、ラビを一瞥する。 優雅にココアを流し込みながら様子見した彼は、明らかに人間としての臨界点を突破しそうだった。(…しょうがないなあ)そんなに甘かったのか、コレ。 そんなことを頭の片隅で考えながら介抱に取り掛かる。 「もー、マジでそんなにヤバいとは…お姉さん心配よ、ラビ」 「、ちょ、気持ち悪くなってきた」 「(えっ?ちょっ、失礼じゃない?)頑張れ」 「うん…」 ラビをベッドに軽々運ぶと、少しその場を離れて、蛇口のある場所まで歩いていく。 乾いた清潔なタオルを棚から一つとって、含ませるように水をあてていく。 (…ちゃんと冷たい)(のか、な?)人間としての体温を無くしたオレにとって、水は体温に馴染む液体でしかない。 ぎゅっ、と音を立てて絞ると、綺麗に折りたたみながらベッドへと戻って行った。 「ほら、タオル」「さんきゅ」こいつは苦いコーヒー専門だっただろうか。 想定外の甘すぎるココアに身体が驚いたらしい。 (…馬鹿だよなあ)可笑しく思え少しだけ笑うと、療養室の白いドアが、かちゃりと控えめな音を立てて 開いた。 「おい 」 「…。 神田ーーーーーーーー!!」 「いてっ」 「もう神田かよ!」 現われたのは黒い影だ。ずっと会いに行きたいと思っていた彼は、あちらの方から出向いてくれた。「神田! おはよう!」 今までいた場所が地獄だったかのように、嬉しい悲鳴をあげて飛びついてきたオレに対して、神田は驚いたように眼を見開いた。 「なんだよ、いきなり」 昨日の不機嫌さは鍛練で掻いた汗と一緒に、流されたようだった。 そのことに安心して、彼に気付かれないように安堵の溜息を吐く。 疑問に対しての返事が無いのが彼は不満だったのか、促がすように、オレの顔を上げるようにして この白髪を撫でた。(あああああああ!!!)(どうしよう嬉しい!) 「お、おなか!へった!」 「あぁ… あれは?」 「ん?」 どうしても、頬がにこにこと緩んでしまう。 カンダが指差した方向を向くと、先程オレが勢いで投げてしまったタオルが当たったのか、御陀仏したラビの姿が在った。 まあだが今はそれどころじゃない。(ラビには悪いけど)(神田だぜ神田!!) 笑みを一層深くすると、神田の目を見て答える。 「ラビ(だったもの)!」 「…。」 そう言うと、神田をずるずる食堂へと引き摺っていく。 後ろでくんの呆れた声がまたしても聞こえたが、きっとオレの保護者は神田なのだろうと自己完結しておいた。(むしろオレが今決めた!) |