「…班長?」
「…。」

 療養室の扉に手を掛けると、後ろからポン、と肩に手を置かれる。 先程も述べたように療養室は今、少し人員不足の状況に陥っている。班長一人居ないだけで仕事の手がどれだけ回らないかと言うことは、百も承知だ。 (だがしかし!) 理由はなんだか知らんが新入りオア、アクマのご来訪だ。 “クロス・マリアン”という名前にはこちらも聞き覚えがある。 知り合いと名乗ったからには、恐らくその白髪の子とやらは新米エクソシストなのだろう。(まあ…)(もしくは、とんだ嘘吐きアクマってとこか)

「あの子が安全だって確認したらすぐ戻ってくるから! ねっ!」
「神田が居れば平気でしょう!」
「…。 ゲッ、うわおいまた来たぞ書類!」
「嘘だろおい…………って」

 思い切り顔を顰めて、くんの身体越しに叫んでやる。 まあ、これは彼の気を逸らす為の嘘だ。 後ろを振り向いた瞬間に勢い良く廊下への扉を開けて、飛び出す。 白くて薄暗い廊下に居たのは好奇心旺盛な数人の部下達だ。 「仕事に戻れ野次馬!!」「うわっ、班長…っ!」 自分のことを棚にあげて叱咤してみる。 一人が驚いた後焦ったように「すみません」と言って持ち場へ帰っていくと、他の奴らもそれに続いていった。 (オレこそすみませんだよ)(ちょっとおサボり行ってきます)

「…って、うわ、飛び降りたのかよ、」

 これからシバきに行こうとした門番の上に、さらさらストレートの黒髪が靡いていることに気がつく。 「…神田め」 手当てしたばっかなのに、万が一キズ開いたらどうすんだよ! 少なからずそんな風にムッとしていると、こちらの心配なぞ知らぬ、とでもいうように彼はまたそこから飛び立った。 神田なら大丈夫、と理解しているはずなのに心がハラハラと落ち着かない。

「………おっ?」

 正門から素直に外へ出るべきか最短ルートで窓から飛び降りるべきかで迷っていると、門内に細めの黒い影を発見する。 数少ない女性用の黒い団服を身に纏っていて、神田と似通った黒髪がツインテールに結われ、歩くたびに可愛らしく揺れている。

「…! リナリーだ!」

 可愛い子見ーつけた! そんなささやかな喜びに頬を緩ませ、先程まで迷っていたのが嘘のように窓に足をかけた。(神田に習って…、ってワケでも、ないけど) タン、と軽い音で桟を蹴る。 「班長、仕事ーーーーーー!!!」「あはははごめーん!」 くんの半分泣きが入った叫び声に思わず苦笑いして、片手を軽く振り上げる。

「(…ちょ、っと…これは)(速ェェェェ!!)」

当たり前のことにほんの少し焦る。 空気抵抗で髪の毛が激しく揺れる感じがする。つまり髪の毛がどんどんぐっしゃぐしゃのぼわぼわになっていくというわけだ。(そいつぁいただけない!) ただでさえ癖毛なのに! 普段のルックスなんて元が良いからどうでもいいけど、リナリーの前ではいつでも格好良くいたいのだよ。

小サナ王レグルス 発動。 ――駆けろ。熾天使ノ羽衣セラフィム・ケープ

少しだけ落ち着いて、神経を背中に集中させる。 オレのイノセンスは、背中――詳しく言うと心臓の裏、と、右手の甲に半分ずつ ある。 ふたつでひとつのイノセンスだ。(昔は背中にしかなかったらしいけど)。 どうやらこいつは主人のオレが気に入らないらしく、シンクロ率は寄生型の割に低いし、発動も難しい。 「(でもここで発動しなかったら瀕死だよなあ)」ぼんやりとそう考えると背中にざわざわと身震いするような感覚を覚える。 速まる心臓の鼓動が体中に伝わる。 一際大きい鼓動を身体に覚えると、白く光る三対六枚の翼が現れる。 ひゅっ、と空気を裂くような音の後、その羽は走った。 「(間一髪って感じ?)」軽く溜息を吐くと、急降下していた身体がゆっくりと地面に着陸する。 それと同じタイミングでイノセンスがその姿を元に戻した。

 髪の毛を軽く整えて、リナリーに近づく。 彼女の2,3m程後ろまで来ると、気配で感づいたのかツインテールをふわりと揺らしてこちらを振り向き、天使のように微笑む。(ビジョン) それにほんの少し悦ったあと、こちらもはにかんで微笑で返す。

「や、リナリー。 今日も可愛いね」
「…ありがとう。 くんも様子を見に来たの?」
「ん、まあね。 …あと、リナリーの声を聞いたら会いたくなって」
「もう、に怒られても知らないんだから」

そう言うと、リナリーは照れたように頬を染めた。 (…可愛いなあ) 抱きしめちゃうぞカワイ子ちゃん! 一人でそんな不審なことを思っていると、門が音を立てて上に上に、開いていく。 

「…んん?」

 外へ出てすぐに視界へ飛び込んできたのは、神田が六幻を構えて 白髪のものに切っ先を向けているところだ。(え、殺人事件?)

「リナリー…あれって神田…」

確認するように声をかけるが、横を向くと、そこにあった人影は忽然といなくなってしまっていた。(あああどうしようあの子、)(可愛いから攫われちゃった!?) 「もー、やめなさいって、言ってるでしょ!」うろたえつつ辺りを見渡すと、神田の頭をボードで叩いているリナリーが目に入る。なんだ、オレの早とちりの勘違いか。 「なに、その子? やっぱ新米?」「くん」 小走りでそちらへ駆けていくと、リナリーがオレの名前をはたとしたように呼ぶ。

「…?」

白髪の女の子(…かな?)から、不思議そうな声が零れた。

「やあ御機嫌よう、初めまして!」
「え、いやあああ、あのっ…、」
「悪いね、うちの者が乱暴を働いたようだ。 あとでキツく言っておくよ」

 わざとらしく地に膝を付いて、恭しく目の前の左手を取り、甲に唇を近づける。 「…お名前を聞いてもよろしいかな?」 神田の攻撃が当たっているようだ。 イノセンスの神経が傷ついている。 (この子も寄生型か…) 血塗れたように、真っ赤な手。 こんな目立つ容貌じゃ、きっと大変だったんだろうなあ。 そんな思考を悟られないように顔を上げて微笑むと、目の前のそれなりに整った顔が、頬を染めて引き攣ったように笑いを零した。 (……?) 場の空気、特に神田の視線が寒いことに気がつく。 目の前の白髪の子は、気を取り直したようにひとつ笑うと、困ったように口を開いた。

「…アレン・ウォーカー…、性別は、男、です。」
「うん、そっかアレン? 良いなま……エ?」


その言葉に、今度はこちらが引き攣り笑いを浮かべる番だった。



「男!?」