黒の教団の小高い位置に設けられた、白い空間。 外のドアには『療養室』と名当てられたプレートが掛かっている。 どこまでも白い世界は人の傷を癒す場所であり団員達の休息の場でもある。 それは任務後のいつものラッシュの時だった。 …人員不足にコレは痛いなあ。 重傷者の手当てを終えて、一人の青年の元で処置を施す少女はそう呟いた。 「…力入れんな、染みる」 「これくらい我慢しなさい! 男の子だろ?」 これでもかと言う位の、オキシドールや無機質な匂いの中には、未だ仕事やら残業やらに徹している大人たち。 その中には、周りの白を一掃するかのような黒いコートを身に纏う青年と、中性的な容姿をその身に宿す、少女が居た。 「…」 「…。」 少女のほうは、青年の肩やら左肘やらに包帯を巻くことに集中していて、青年、神田の方は、あからさまなほど『イラついています』なオーラを出しているが、目の前の少女 には少し、呆れたような、申し訳ないような、そんな微妙な表情を向けていた。 「手当てなんかしなくても、治るっつってんだろ…いつも!」 「気持ちの問題なんですー! それにこれはオレの仕事!」 そう言うとは、はぁ、と小さく溜息を吐く。 「…探索部隊をお庇いになられたと拝聴したけど、…やっさしいね神田くんはー」 なんだっけ、ゴズって人がありがとうだってさ? からかう様に顔を覗いてくる彼女に、神田は鼻で嘲るように笑うと、 「…別に庇ったわけじゃねぇ」 眉を顰め、視線を横に散らしそう言う。 「へーえ?」 リアンが声を抑えて変な含み笑いを送ると、彼女の頭に軽い衝撃が走る。いてっ、なんて心にもないことを小さく零すと彼女はそろりと神田の様子を伺った。さすがに遊びすぎたかと内心反省をする準備は整っていたのだが、 「…からかうんじゃねえよ、阿呆女」 意外にも神田が落ち着いた風にリアンを見ていたので、彼女の心から反省という言葉は消滅した。 *** 「はい、終了ー」 ぱんぱんと手をはたいて立ち上がる。 巻き終わった包帯がキツくないか念のため聞いておくと、後ろから嫌な感じの視線がこちらに向けられていることに気付いた。 「班長…?」 「うふv はーいなーに"ッ…!」 神田がこちらを呆れたように見ているのが分かる。 居心地が悪い視線から逃げるように駆け出すと、白衣の襟元を勢い良く掴まれる。 喉が圧迫されて窒息寸前のグロッキーな状態に陥った。(ちょっ…)(療養室で死人出して良いワケ!?) ちなみにオレことくんは療養室の班長なんてポジションにつかせていただいてるわけですが。 「すぐ逃げない! あーもー…神田なんて放っといてこの書類なんとかしてください!」 「おまっ…今オレと神田の愛の一時 馬鹿にしましたね」 襟元を掴んだのは医療班で昔っからお世話になっている部下だ。 名前をくんと言う。 ふてくされ気味に解放された体で彼のほうを向くと、くんだけでなく療養室内のほとんどの奴らがこちらを見ていた。 呆れているものもいれば、責めるような視線を向けてくるやつもいる。(え、書類溜まったのオレのせい!?) 「…なんだよ」 「班長が愛の一時とやらを楽しんでいる間 療養室にはこれだけの書類が流れてきたわけですよ」 はぁ、と言うような重苦しい溜息を、室内のやつらが吐いた気がしたが、あえて気に留めないでおく。 「…だからいいって言っただろ・・」 神田が後ろでボソリとつぶやいたような気もしたが、気のせいだと思いたい。 「ちょ! ちょっと待て! オレは、しっかり片付けたぞ!? 今さっき!」 「科学班のやつらから回ってきたんですよ! 俺にキレんな!!」 「逆ギレすんなバーカ!」 書類の量にヤケクソが入ったのか、くんが自暴自棄に叫んだ。 さっき片付けた、オレの身長よりも少し低いくらいの書類の山はどこへ行った! なんでまた書類くるんだよ! 一日分て言ってたじゃねぇかバカ! オレのゆとり返して! クレームの渦巻く心情はこれくらいにして、目の前の書類の量に変な汗が出てくる。 …ちょっとこれ、さっきのより多い。 「…神田… ヘルプミー!」 「知るか」 「 酷い!」 「…あの、班長。 コムイ室長から手紙、承ってるんですが…」 「ハイ! 読んで読んで! マイスイートハニー! 」 「うわっやべ、超寒いんですけど」 「黙れよ」 オレの男と女の子の扱いが驚くほど違う、なんてよく言われちゃってるがそれはきっと皆の気のせいだ。 オレは男のことだって 普通に扱っているつもりだ。(神田への扱いがかなり優遇的だけどね!) で、オンナノコは皆オレの恋人なワケです。 ただそれだけの違いですよ。 「えっと、読みます。 『拝啓 愛しのくんへv なんだかよく分からないけど机の底からいっぱい書類が出てきちゃいました。 ちなみに君のハンコが必要なのもいっぱい出てきたから、片付けておいてねv かしこ』」 「………、」 色々ツッコみたい。 何が愛しの、だ! とか 机の底から、とか…。 でも、そうじゃない。一番突っ込みたいところ。 「かしこは女が使うモンだろがァァァァァ!! 」 「クールダウンですよ班長」 「うっせ黙れ!」 「(理不尽だ!)」 「うるせェ」 「あ、ごめんね 神田」 「( 扱 い が 違 う !! )」 部下のツッコミを適当にあしらいながら(愛しの)ナースから手紙を受け取った。 「うわー…ホントにかしこじゃん…」 まだそこ気にしてたんですか、と言う視線に苦笑いを返しながらも、科学班の方に内線をつなげた。(もちろん苦情を出しに、だが) 呼び出しのコール音が鼓膜に響く。 何度かするとガチャ、と言う音の後ソプラノの明るい声が聞こえてきた。 『はい、科学班です』 「おや? その声は愛しのリナリー!」 『あ、くん? どうしたの?』 「いやー…リナリーの声が聞きたくて…と言いたいところですが。 …コムイいる?」 『…いるには、いるけど…』 「? なに、あ、まーた居眠りでも『こいつアウトォォオオ!!!』 耳がァァァァ!」 空気を引き裂くような門番の叫び声に、辺りが静寂と驚きに包まれる。 オレはといえば室内放送と電話越しのアレの声で鼓膜にダブルパンチだ。 耳が危険だ。 「〜っ! なに! 何事!!」 受話器を反対の耳に当てる。 モロに食らったパンチに痛んだそこを押さえつつも問いかけると、リナリーが電話越しで少なからず困惑していることに気がついた。 『あのね、私も良くわからないんだけど…さっき門の前にクロス元帥の知り合いっぽい子が…』 「? わかった、サンキュ。…神田が行ったみたいだ、オレも後追うから」 『わかったわ、じゃあまた後で』 ―ガチャン 電話を乱暴に置くと(リナリーの為に切るときは静かに!)神田が向かったであろう入り口へと向かう。 「(いってぇ…!!) 門番のヤツ…! あの大きな目にパンチ食らわしてやろうか…!」 皆とは、別な目的で、だが。 |